「 第1部 勝ち残る会社になるための人事労務・就業規則 」

<講  師>
三井住友海上火災保険梶@法人営業推進部
法人開発室 経営支援チーム 課長
社会保険労務士  岡 弘己(おか ひろみ)

<プロフィール>
1986年4月 三井住友海上(旧住友海上)入社。大阪、福岡、本店にて営業活動後、2001年より本社市場開発部にて助成金プロジェクトの企画・推進を担当。本店営業勤務時より、厚生労働省助成金を活用した人事労務の経営リスクアドバイス営業を展開。企業経営リスクアドバイス数は2,900社以上に及ぶ。


【企業を取り巻く労務問題と経営課題】
<労務トラブルの現状>
 近年、人事・労務に関するトラブルは増加の一途をたどり、企業にとって大きな悩みの種となっています。個別の労働紛争についての相談件数を見てみると、平成13年には21万件であったのに対し、翌14年には64万件、15年には73万件と年々増え続け、平成17年には90万件にまで達しました。最近は、企業別の労働組合の組織率は低下している傾向にある反面、個別の労働紛争が大幅に増加していることがその特徴です。また、多くの企業で起きている労働紛争の中には、労務トラブルにより退職した労働者が再就職先に対しても労務訴訟を起こすというように、労働問題を起こす労働者が複数の企業を渡り歩いているという悪質なケースや従業員モラルの低下による無断で遅刻・欠勤など明らかに従業員側が義務を果たしていないにもかかわらず、会社に規定がないことでトラブルとなるようなケースも増加しています。
そのような現状のなか、労働基準監督署が企業に対して指摘した問題について上位のものを見ていくと、「労働時間に関するもの」「割増賃金に関するもの」「就業規則についてのもの」ということとなっています。労務に関して問題となっている事柄の多くは、経営者と従業員の双方に共通する悩みが発端になっているということが窺えます。

<意外と知られていない法律の仕組み>
 報道等で過労による事故や自殺、サービス残業など様々な問題が浮き彫りとなり、企業のコンプライアンスが厳しく問われる時代になりました。また、国も法律改正等の対策に力を入れ始め、今後企業に対しては様々な形で規制が強化される傾向にあります。
労働者の権利保護を目的として「労働基準法」があります。一般的な通説として、「法律は必ず遵守すべきもの」と考えられていますが、法律にも、3段階の規定があり、企業の状況に合わせた対応が出来る法律も存在します。労働基準法の中にも、強行法規(強行規定)、努力義務、啓蒙基準といった3種類の規定があり、それぞれ定められた事柄について、「守らなければならないもの」「守るよう努めるべきもの」「守るのが望ましいもの」といった3段階の性格を有しています。このうち努力義務と啓蒙基準については企業の実態に合わせ柔軟に対応が出来ます。しかし、それにも拘らず、「法律は必ず遵守すべきもの」という先入観により、判断を誤り企業の実態に合っていない就業規則を作成するケースも多く存在します。従って就業規則を作成・変更する際には、強行法規、努力義務、啓蒙基準のどれにあたるのかを把握した上で、必要に応じて見直しをすることが重要です。

【会社を守り、強くする就業規則】
<就業規則は会社を守る憲法>
専門的な情報についても簡単に入手できる時代になったことにより、知識を身につけた労働者の増加と権利意識の高まりにより、労働者が解雇されてそれを不服として裁判を起こすケースが増加しています。そのような時に、就業規則が非常に重要な役割を果たすこととなります。
2003年の労働基準法の改正により、会社が従業員を解雇する場合には合理的な理由が必要であり、これがない解雇に関しては無効とする規定(労働基準法18条の2)が加えられました。これにより会社側は理由なく従業員を解雇することができなくなりました。解雇した場合であっても、合理的な理由があったことが証明できなければ実際に裁判になった場合に不利な立場に立たされることとなります。通常は、就業規則に解雇理由が列挙されていますので、これに当たるかどうかによって、解雇が有効か否か判断されます。そのため、悪質な労務トラブルに巻き込まれないためにも、自社に合った自社のための就業規則でなければ労務トラブルを未然に防ぐことはできません。

<労働紛争を未然に防ぐには>
(1)採用時の対策
 トラブルを回避しようとする時、いかにして会社と従業員が上手く付きあっていくか、また、従業員同士が上手く付きあっていくかを考えることが大切です。そのため、問題を起こす労働者を採用しないことが当然重要となります。ではどのようにして問題を起こす労働者とそうでない労働者を見分ければ良いのでしょうか。最も効果的な方法としては、採用選考時に前職の「退職証明書」の提出を求めるようにすることです。退職証明書には退職理由も記されていますから、問題を起こす可能性のある労働者はここから判別することができます。こうすることにより、労働問題上悪質な労働者が入社する確率は8分の1にまで軽減できると言われています。また、採用選考の際に参考にしていただきたい書類に、自動車運転に関する過去の違反歴等を示す「運転経歴証明書」もあります。何故かと言うと、車内という密室の中では人の本性が現れやすいため、その労働者の人間性を判断する重要な材料となるからです。人間性に問題のある労働者が入社した場合、労務トラブルになるリスクが高まるだけでなく、その周りで働く社員のモチベーションの低下にも繋がる恐れがあるので、注意が必要です。
以上のように、労務トラブルのリスクを回避するためには、問題を起こす可能性のある労働者を採用選考の段階で判別し、採用しないようにすることが非常に有効です。ここで重要なことは、そういったリスクのある労働者を見分ける最大の好機は採用選考の段階であるということです。そのため、就業規則に採用選考の段階についての規定を具体的に設け、トラブルに備えていただくことをお勧めします。

(2)試用期間
 試用期間はお互いの見極め期間として活用し、最低3ヶ月以上また短縮・延長を可能にしておくと良いでしょう。新入社員と会社のミスマッチを避け、お互いが納得した上で働くことは、両者にとってメリットがあります。例えば就業規則には、試用期間を6ヶ月・短縮可と規定しておき、実際には3ヶ月を過ぎた時点で問題がなければ正社員にするというようにすると、新入社員にとっては6ヶ月の試用期間がたった3ヶ月で終了し、早く正社員になれたことでモチベーションも上がります。このように規定を上手に使い、多少の演出も加えながら従業員と上手く付きあっていくと良いでしょう。

(3)服務規程
 服務規律には、従業員に「して欲しいこと」「して欲しくないこと」を判りやすく具体的に記載することが重要です。特に酒気帯び運転に関する規定は、具体的な事例を含んだ規定を設けることが必要です。また、セクハラやパワハラと言った事項に関しても同様なことが言えます。また、細か過ぎるかもしれませんが、服装やアクセサリーに関する規定も具体的に設けることも必要です。他人に著しく不快感を与えるような格好をしている者がいても服務規程に具体的に明示されていなかったため、是正できなかったというケースも過去に存在します。また、最近は、髪の毛の色についてのトラブルを多く聞きます。いわゆる茶髪に関するトラブルですが、そこで例えば、髪色の明るさは日本ヘアカラー協会 のレベルスケール8まで認めるというように詳細に規定すれば、どの明るさまで大丈夫なのか明白になり対外的なトラブルもなくなります。

(4)労働時間
 労働時間は1週40時間以内の所定労働時間を休日日数、休憩時間を考慮して設定します。労働時間に関しては特に具体的な休憩時間を入れることをお勧めします。現状では、休憩時間はお昼の1時間だけとし、その他は個人に任せ随時各自で休憩をとるという会社が多いようです。しかし、タバコを吸う人はその度に一息入れることができますが、タバコを吸わない人は結局休憩をとらないことがほとんどのようです。このような個人の差をなくすためにも、午前中に1回午後に1回15分の休憩を入れることをお勧めします。その15分の間は仕事をせずに、気分転換に充てるようにして下さい。そうすることで、従業員の能率もアップし、仕事の効率化にもつながります。また、休憩時間の分だけ終業時間を延ばす方法もあります。
 このように、従業員が働きやすい環境を整えるだけでなく、会社にとっても納得できる設定にするべきです。しかし、従業員によっては終業時間を延ばすことを嫌がる方もいるかもしれません。そのような時は、変更後6ヶ月間は変更前の終業時間に帰っても良いこととするなどの規定も一緒に盛り込むとなどして、段階的に変えていくことが有効です。

【会社を守る経営のポイント】
 これまで、今回のセミナーにおける主要なテーマである就業規則に関して、近年頻発している主な労務問題を予防・軽減する方法を述べてまいりましたが、未だ多くの企業が労働紛争の少なかった時代が前提となった就業規則と言うのが現状です。現時点では、そのままであっても問題はありませんが、実際に労働紛争が発生した場合には対応しきれず、会社が損害を被るといった可能性があります。そのため法律や制度の変化に常に気を配り、定期的に就業規則を見直し、近年の激動の時代にも対応できるように保つことが重要です。
加えて、今後の経営を少しでも円滑に進めるために、是非取り組んでいただきたい事柄をご紹介します。労働基準監督署に対する定期的な三六(サブロク)協定の提出と就業規則の届出です。三六協定とは、会社が法定労働時間を超えて従業員を業務に従事させたり、法定休日に出勤させる場合に締結しなければならない労働基準法36条による会社(経営者)と従業員の協定のことです。この協定の締結や届出をせずに時間外・休日労働をさせた場合、経営者は労働基準法32条違反となり、懲役6か月以下、罰金30万円以下の刑罰が課せられることになります。実際にこれらの提出を行っている会社は、労働基準監督署に対し、労務上の手続きが適正に行われている企業であるという好印象を与えることになります。それほどこれらを実践できている企業は少ないというのが実状です。





「 第2部 業績報告会の”ススメ” 」


第二部では株式会社トータルマネジメントサービス(以下概MS)より「業績報告会の“ススメ”」と題しまして、対金融機関対策について講演させていただきました。
 金融機関の対応は5〜6年前に比べ、若干ですが柔軟になりつつあります。一時期は、業績が良いか悪いかだけで対応していることが多かったですが、最近は、経営者の資質や事業再建計画などに一定の評価を示す金融機関が増えています。そのため、今までは受身で金融機関と交渉していましたが、これからは、積極的に金融機関との接点を設けましょう。  

 

1、業績報告会とは?
 企業が事業を継続するために必ず必要となるものは、「お金(資金)」です。しかし、それを調達するために欠くことが出来ないのが、金融機関との関係となります。そのため、金融機関との関係を円滑にしておくことは、事業継続のライフラインを確保することとなります。
業績報告会では、「企業業績・今後の展望」を具体的な数値や改善策を提示することで、説得力が増し、金融機関との協力関係を構築することに繋がります。従来は、金融機関との情報が一方通行のため、企業の方針や事業計画などを金融機関と理解し合うことが困難でした。しかし、業績報告会を行うことで、概MSが金融機関と 企業とのパイプ役や企業のオブザーバーとなり、金融機関と企業がお互いを理解するためのサポートをいたします。また、業績報告会は四半期に1回、年4回行いますので、計画との対比や改善結果・未達成の原因を客観的な立場で報告することで、金融機関・企業・概MSのトライアングル体制を確立し、効率的な情報の共有化が進みます。


2、業績報告会で望める期待効果
 業績報告会を行い、お互いの理解を深めることで、今後下記のような効果が期待できます。また、平成19年10月より信用保証協会の制度の変更により、今後さらに金融機関との関係が重要となります。今までの信用保証協会の保証付融資で金融機関が貸出を行っていた場合は、貸倒れが発生したときは、信用保証協会が貸倒れた貸付金額の全額を保証しているため、金融機関のリスクはありませんでした。しかし、今年の10月から信用保証制度の変更により、貸倒れた額の80%までしか保証しない方式へと変更になるため、金融機関の対応が厳しくなる可能性があります。

@追加融資の実施
 借入額も多く、業績も悪い時などにメインバンクに追加融資を要請した場合、返答を渋る金融機関も存在します。そのため、このような状況になった場合は、事業計画と再建計画を作成し、根拠ある5カ年計画を作成し金融機関に説明します。「具体的な数値目標+改善方法」を提示することにより、金融機関の印象も良くなり、追加融資を受ける可能性も飛躍的に高まります。

A借入利息利率の上昇を最小限に抑える
 借入利息の利率は、日本銀行の“ゼロ金利政策”の打ち切りにより上昇の一途をたどっています。変動金利の場合0.5%程度の利上げをされたところもあると思います。そのため、金融機関と業績報告会を通し、有効な関係を築くことで、例えば、今後の利上げを0.5%あがるところを0.25%に抑えるなど、貸付利息の上昇を最小限に抑えることが期待できます。

B返済期間の延長
 企業の状況や今後の改善策をきちんと伝え、金融機関の理解を得ることにより、借入金の返済期間の延長に対して前向きな回答を引出すことが期待できます。

C金融機関との協力体制の確立
 相互の理解を得ることで、今後の追加融資等に関しても前向きな対応を引出すなど、金融機関との協力体制の確立を可能とします。また、5カ年計画に借入計画を組入れ、事前に金融機関に伝えることで、今後の追加融資の対応もスムーズになることも期待できます。

3、金融機関の考え
 金融機関もひとつの企業として捉えると、「収益の獲得」は事業継続の絶対条件となります。特に株主や金融庁からの評価など、外的要因が多大に影響しています。しかし、金融機関の思いとしては、社会的な責任として、困っている企業に融資をしたいと言う思いもあり、企業責任と社会的責任との間に挟まれ、苦しい立場となっています。

@黒字企業に貸出したい
 金融機関としても安定して利益を確保することを株主から求められていることもあり、黒字企業に対して貸付業務を行うことで、ローリスクでの利益の確保が必要となります。そのため、赤字企業に対しての融資には消極的な態度を取らざるを得ない状況となっています。

A金融庁の指導があるため
 金融庁の監査があり、その時に指摘のあった企業に対しては、厳しい対応をせざるを得ない状況となっています。格付けなどの明確な基準があるため、金融庁の指導に対し金融機関のフォローだけではどうすることも出来ない状況です。

B事業計画の精度
 事業計画の精度により金融機関の対応は変化します。「絵に書いた餅」ではなく、しっかりとした根拠を持った数字による事業計画を提示することは、その事業計画や再建計画自体が評価対象となり「格付け」が上がることに繋がります。また、そのことにより追加融資などの可能性が高まります。

C結果がすべて
 事業計画に沿って社内の改革を行い目標通りの結果を出すことで、金融機関の信頼も上がり、追加融資などの申出もスムーズに受けてもらえます。また、業績が回復して「格付け」が上がれば、貸倒れリスクが軽減されたと判断されたことにより、金融機関の貸倒引当金計上額が減少し、その分だけ利益が増えます。そのことにより、株主からの評価が上がるため、事業計画の精度と合わせて協力体制の構築が可能となります。

4、概MSがお手伝いできること
 業績報告会を行う上で、最も重要となるのが、5カ年計画の作成と改善策の策定です。しかし、企業で5カ年計画を作成するには、多くの時間と労力を消費します。また、実現不可能な計画を立案しても意味がありません。そのため、クライアントには「今後の目標・方針」を、弊社が「具体的な数値目標と改善策」を策定いたします。決算書(数字)から問題点を見出し、社内へのヒヤリングを通して、実行が可能かどうかの検証もいたします。また、前述したように業績報告会は四半期に1回、年4回行いますので、計画との対比や改善結果・未達成の原因を分析し、客観的な立場で報告いたします。
今年の10月からの保証協会の制度の変更に伴い、金融機関の対応が厳しくなることが予想され、追加融資を依頼しても回答までに時間がかかり、資金繰りがショートしてしまうなどの可能性もありますので、何事も早めの対応が必要です。また、業績が良くても金利の引上げが予想されますので、自社の良いところは最大限にアピールし、少しでも有利な条件を金融機関から引出す努力をしましょう。


 
 企業の取り巻く環境の激変により、「企業として」「経営者として」という企業倫理を問われる時代となりました。しかし、全ての事柄を経営者ひとりで対応するには限界があり、経営者の精神的・肉体的疲労はピークに達しつつある状況にあります。そのため、その負担の軽減を図るためにも、太田会計グループとして経営者皆様のサポート体制の構築に日々努めております。また、潟gータルマネジメントサービスのコンサルティングを通し、関与先様の発展に寄与すべく、体制の構築を進めて参ります。今後も皆様のより良いサポーターとして「進化する会計事務所」を目指し最善の努力をしていく所存でございますので、今後とも宜しくお願いいたします。